銀行など金融機関の不良債権問題が深刻となって以降は、早期に財政資金を投入して破綻した金融機関の救済を行うべきであったと考えられている。しかしこの問題でも、住専処理に6850億円の資金を投入するという政府の1996年度予算案に対して、マスコミなどは金融機関に失敗の責任を取らせずに救済のために税金を投入すべきではないなど強く反発することとなり、国会も混乱した。後から数十兆円の資金が投入されることになったことを考えれば、早期に公的資金の注入ができれば問題の拡大を抑制でき、結局は国民の負担も少なくて済んだのではないかという見方も多い。
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バブル崩壊後の低迷からの脱却局面では、景気の回復傾向が見られた際に、財政、金融による景気刺激的政策から景気抑制的政策への転換を早く行いすぎるという失敗を繰り返した。最初の失敗は財政政策の失敗である。1993年10月を底に景気は回復するが、政府は財政赤字の縮小を急ぎ、1997年4月から消費税率を2%引上げ、2兆円の特別減税を廃止するなど、約9兆円の負担増を実施した。ところが、同年にはアジア通貨危機が発生したことや、年末には金融機関の経営破綻が続いたことなどから、景気は極端に悪化することになった。二度目は金融政策の失敗である。アジア通貨危機の混乱が収まると、1999年1月を底に景気は回復しはじめ、日銀は政府の反対を押し切って2000年8月にゼロ金利政策を解除した。しかし、米国でITバブルが崩壊すると輸出の鈍化から2000年11月をピークに景気は急速に悪化し、2001年3月には再び実質的にゼロ金利政策に戻らざるを得なくなった。同時により金融緩和的な量的金融緩和政策の導入を余儀なくされた。